第二十六話

信一は老人の方を見て

「...あっ!タケジィだ!!」

と叫んでニコニコしながら彼に手を振った。

「えっ?信ちゃん知り合いなの?」

「うん、タケジィはショーリンジケンポーの達人なんだよ。」

確かに言われてみればジャッキー・チェンの映画に出てくる呑んだくれの師匠のような風貌だ。

「オース!」

タケジィは信一ににこやかに話し掛けた。

「なんだ今日はこんな早くにどこか行くのかい?」

「うん、今から旅に出るんだ...。」

「旅...?そりゃいい。それでどこまで行くんだい?」

「行き先のない旅ってやつさ。」

と言って信一は博史を見て笑った。
タケジィは二人の大きなバッグをちらりと見て

「なるほど、本格的な旅らしいな...。ちょっと待ってろよ。」

と言ってまた段ボールに戻った。


「オーイ!」

ちょうどその時公園の入り口から白い毛糸の帽子を被った由佳が現れた。
時計は七時四十五分を指している。

「待ったぁ?」

由佳もやはり大きなバッグを抱えていた。

「荷物が重くて汗かいちゃったわ...。」

頬が紅く上気していた。

「由佳、金庫は?」

すかさず博史が聞いた。

「大丈夫。ココに入ってる。」

ニコリと笑ってピンクのバッグを指差した。

「...さて、どこに行くかだなぁ。」

信一が呟いた。

「とりあえず電車で新町まで出ない?話するにもココだと誰かに見られるかもしれないわ。」

三人が駅に向かって歩き出した時

「オーイ!ちょっと待てぇ!」

しわがれた声が聞こえた。
タケジィだった。

彼はまたゆっくり三人のところまで歩いて来て、

「こいつを持っていきな。」

と、薄汚れたビニール袋を信一に手渡した。 

「ありがとう!また戻ったときにはショーリンジケンポー教えてねっ」

信一は袋の中身も確認せずにバッグのポケットに突っ込み、三人はタケジィに背を向けて駅のほうへ歩き出した。


旅はもう始まった。


引き返すことができない不安はなかった。
彼らはただ眩しくて先の見えない未来だけを見ていた。