第二十五話

 あとは由佳が金庫を持ってちゃんと出発できれば待ちに待った旅の始まりだ。
信号を柴沼とは反対に曲がり、二人は常盤新田の駅のほうに歩いた。常盤新田は私鉄と国鉄の乗り継ぎ駅で、駅前は賑やかな商店街だ。

釣り竿は食べ物がなくなったら釣りをして魚を食べられるからという子供らしい発想でここまで持ってきたのだが、バッグがあんまり重くて

「なぁ...仕掛けはあるんだし、竿なんか竹でも拾って作ればいいからもうコイツ捨てていこうぜ...。」

信一が道路脇の薮に釣り竿を投げ棄てた。

「バッグも重いし仕方ないか...。気に入ってたんだけどなぁ...。」

物惜し気に自分の竿を眺めていた博史もついに意を決して竿を薮に投げ込んだ。

やっとバッグを持つのに両手が使えるようになったが、それでも由佳との待ち合わせ場所である常盤新田の駅前公園に到着した時には二人とも額に汗が滲んでいた。


 公園の広場にはまだあまり人影がなかったが、大きな段ボール箱を家がわりに使っている人々がたくさんいて、雪に半ば埋もれた段ボールの家は今にもへしゃげてしまいそうだった。

博史は一瞬自分達が金を使い果たしてこんな状況になったことを想像した。

ここに住んでる人たちは寒くて大変だろうなぁ...。

その時、段ボールのひとつから真っ白な髭を蓄えた赤ら顔の老人が這い出て来た。彼は頭から段ボールを出るとまたすぐ段ボールに頭を突っ込み、一升瓶を握りしめてまた外に出た。

髭の隙間から吐く息が煙りのように白く宙を漂った。

老人は一升瓶を逆さにしてひと口あおり、そのあと気持ち良さげに伸びをした。
博史はそれを少し離れたベンチからなんとはなしに見ていたが、不意に伸びが終わった老人と目が合った。

博史を見て老人は何かを見つけたような顔になり、一升瓶を抱えたまま二人のほうへゆっくり歩いてきた。
博史はドキリとして信一の肩を叩き

「ねぇ、あの人こっちに来る!」

と老人を顎で指し小さな声で言った。