第三十四話

「私は蟹玉ライスをお願いします。申し訳ありませんけどグリーンピースは抜いて下さい。」

由佳は丁寧に言った。

「はい、承りましたっ。...あなたは中学生?しっかりしてて偉いわね。」

「ええ...私は中学二年です。二人が学校の冬期キャンプで使う寝袋を買いに行くのに保護者を頼まれまして。...近くにどこかキャンプ用の寝袋が買える店はありませんか?」

まったくのでまかせなのに微塵も動じない由佳。さすがは女優の娘である。
二人は由佳のいきなりの演技にポカンと口を開けたままテレビでも観るように由佳を眺めた。

「寝袋ねぇ...。」

彼女は少し考えて

「ねぇアンタぁ~っ!寝袋ってのはどこに売ってんのよぉ?」

と厨房の主人に大きな声で聞いた。

「寝袋ぉ?...あぁシュラフみてーなやつか?あーいうのぁ青木スポーツにあんじゃねーかなぁ...。」

「あいよ!」

呼吸の合った問答だ。

「青木スポーツは店を右に出て信号二つ目の菅野歯医者さんを左に曲がって三軒目の左側、看板が出てるからすぐわかるよ。...スポーツ屋のくせに主人はぐうたらだから店は開いてるかわからないけどね。」

と笑った。


「ありがとうございました。助かります。」

由佳は頭をペコリと下げた。


 満腹で店を出た三人は青木スポーツに向かう。

「由佳、凄い演技だったなぁ...。あれならホントに女優になれるよ。」

博史は興奮醒めやらぬといった顔で言った。

「フフフ、なかなかのもんでしょ?ママのおかげね...。大人たちにバレないように二人にも俳優になってもらわなきゃ。」

「俺は松田優作みたいになるぜ。」

信一はウッと言って腹に手を当てすぐまた手のひらを見て

「なんじゃこりゃ~!」

と叫んだ。

「ダメだこりゃ~」

由佳が信一を指差し、顎を突き出しながら言って三人は笑った。