第三十三話

由佳には前もってそういうことをリアルに想像できる先見の明がある。会計係を任せるにはうってつけだった。

 三人は寒さを堪えながら駅前まで歩いてきて、今更ながら商店街のほとんどの店が閉まっていることに気づいた。さっきは金庫のことで頭が一杯で周りのことなどほとんど見ていなかったのだ。

「...なあヒーロー、寝袋ってなに屋に売ってんだよ?」

「...うーん...スポーツ用品店か...あとはホームセンターなんかかなぁ...。」

「この町にそんなナウい店なんてあるのかしら...。」

「とりあえず飯食おうぜ、飯!」

「...そうね...どこか食堂に入って店員さんに聞きこみするっていうのもいいかもしれないわねぇ...。」

由佳はお腹をさすった。

駅前の時計は十二時四十分を指していた。

来々軒というベタな名前の中華料理店の換気口からはモクモクと少しニンニク臭の混じったいい匂いのする湯気が出ていた。

「うぁ~いいニオイ、ここにしようぜ!」

脂で半ば曇ったショウウインドウには、やはり脂まみれの福助人形と並んで蝋で作ったラーメンやら酢豚やらが飾ってあり

「今なら本物じゃなくてこれでも食える。」

と、信一は薄く埃の積もったサンプルを指差した。

暖簾をくぐると店内は薄暗く、脂にまみれた白黒テレビがAMラジオみたいな声で流行中の演歌を歌っていた。
ほかに客は一人もおらず、店主と奥さんらしい中年の女性の二人が厨房で話をしていて三人に気づくと夫婦同時に

「らっしゃーい!」と威勢のいい掛け声を掛けた。

カウンターに三人が並んで腰かけると奥さんのほうがすぐに水の入ったコップを持ってきて

「あら珍しい、可愛いお客さんね。あなたたちだけ?」と優しく笑いながら聞いた。

やはり子供三人だけで店に入ったりするのはリスクが高い。
今日は日曜日だからまだいいが、平日の昼間から町をウロウロしていれば大人たちから「学校はどうしたんだ?」と余計な詮索をされかねない。

(食堂で食べるのは当分やめたほうが良さそうね...。)

由佳は財布とハンカチの入ったポシェットを背中の後ろにそっと隠した。

「俺らだけだよ。それよりおばちゃん、俺ラーメンとチャーハン、超特急で!」

品書きを見もせず信一が注文した。

「えっと俺は...。」

漢字ばかりのメニューには博史の知っているものはなにも見当たらない。元々貧しくて外食などほとんどしたことがなかったのだ。

「じゃ...ラーメン...。」

せっかくの外食なら食べたことのないものを食べてみたかったが、どんな料理があるのかよくわからなかった。