第二十七話

 バッグを抱えた三人は新町行きの電車に乗り込んだ。

まだ列車の客席でタバコが吸える時代であり、日曜日は競馬の開催日なので新町の場外馬券売り場に向かう客で早くも混みはじめていて、車内にはタバコの煙がモウモウと充満している。

三人の少し先の席でハンチングを被り耳に赤鉛筆を差した中年の男が眉根にシワを寄せながら競馬新聞を読んでいる。良く見ればその男はタンザキだった。

「ヤバい...タンザキがいる!」

由佳が小声で言って、三人の緊張は一気に高まった。

もし競馬の資金に金庫の金を使うつもりならタンザキは当然暁園に向かうはずだが、列車は逆の方向を向いている。ということはもしかしたらすでに金庫を取りに朝早く暁園に行き、そこで金庫がないことに気づいた後なのかも知れない。
深い眉間のシワがまるで金を失ってイライラしているようにも見えた。

用務員室で金庫を直接見たことがあるのはもしかしたら由佳一人だけなのかも知れない。

もし問い詰められてバッグを開けられたら荷物の一番上にあの緑色の金庫がチョコンと乗っているという状況は、彼にいたずらされたり暴力を振るわれたりを繰り返してきた由佳にとって最悪の想像を掻き立てるに充分な状況だった。

しかしタンザキはまだ三人には気づいていない。

由佳はバッグを握りしめ人混みに紛れながら彼とは反対側の車両に移動しはじめた。
二人も頭を低くして由佳に続いた。

三人は後ろを気にしながらもソロリソロリと隣の車両の一番奥にやっと辿り着いてホッと胸を撫で下ろす。

「危なかったぁ...アイツきっと新町で降りるから私達はもっと先まで行こう...。アイツと同じ駅で降りるのはちょっと危険すぎるわ。」

由佳が青ざめた顔で言って、二人も真面目な顔で深く頷いた。

 新町ぃ~新町ぃ~ お降りのお客様はホームと列車の間が大変開いておりますので、足元にご注意の上お忘れ物のないよう......。

電車はゆっくりと停まり、プシュ~ッと扉が開いた。
タンザキは案の定競馬新聞を片手に新町で電車を降り、ホームを三人のいるほうに向かってしかめ面で歩いてきた。

プシュ~ッ。

電車の扉が閉まる時にちょうど彼は三人の目の前のホームにいて、視線を感じてふと窓越しに車内を見た。

タンザキと目が合った由佳はすぐに真っすぐ彼を睨んで中指を立てる。
同時に横の二人は彼を見ながら思い切りあかんべぇをした。

「馬~鹿!」

「こ...このやろぉ......。」

タンザキの吐いた言葉は雑踏のざわめきに混じりながらほんの少しだけ車内にも聞こえたが、電車はすぐに動き出し、拳を振り上げた彼の幾分哀れな姿はホームの景色と一緒にゆっくりと後ろに流れて行った。