第二十四話

 一面の雪景色...。

今年の冬はとびきり寒い。

博史と信一はもう支度を終えて白い息を吐きながら受付に向かっていた。
釣り竿を片手に、釣りに行くとは思えないほど大きなバッグを二人とも持っている。

洋服や身の回りのものは半分以上持ち出すのを諦めた。

持っていくのは一人バッグひとつまでという約束だったから。どうしても捨てられないお気に入りのものだけをバッグに詰め込めるだけ詰め込んだ結果がこのスタイルである。

受付にはまだ事務員が来ていなかったので、そっと正門の前まで行ってとりあえず木の影にバッグを隠した。地面の雪にはくっきり門までの足跡が残ったから、わざとあたりかまわず一面に足跡をつけた。

これで怪しまれはしないだろう。

 二人は受付のベルを押して事務員を呼んだ。
手をこすりながら事務員が出てきた。

「あらずいぶん早いわね。どこにいくの?」

「柴沼で釣りをするんだ。」

すかさず信一が言った。

「釣りってあなた...この寒さじゃ沼が凍っちゃってるんじゃない?」

「...いや...ほら...ワカサギっているじゃんか。あれは寒いほうがよく釣れるんだよ...。なぁヒーロー?」

苦しい説明だったが、話を振られて博史も同意しないわけにはいかない。

「うん...ワカサギは寒い日の朝早くと夕方に釣れるんだ...氷に穴を開けて...。」

「そう...大変ねぇ...。滑らないように気をつけなさいよ。」
「ねえ...ワカサギって天ぷらにすると美味しいのよね。釣れたらちょっと分けてよね。」

事務員が笑った。

ノートに行き先を書き込みながら

「ああいいよ。バケツ一杯釣ってくるから宴会の用意しときなよ。」

信一も笑った。


サインが終わると二人はゆっくりゆっくり後ろを気にしながら正門のところまで歩いた。
正門の前まで来て受付をそっと振り返ると事務員が手をこすりながら奥の部屋に入るところだった。

いくぞ!

正門脇の木陰から二人は大きなバッグを引っ張り出し急いで門を出てまたこの前のように「わぁ~っ!」と声を上げながら全速力で走り出した。