第十九話

博史はタンザキがあの細い目を嫌らしくさらに細めてケケケと笑いながら由佳の尻や胸をまさぐる妖怪じみた姿を想像した。

「はじめは仕方なく我慢してたんだけど、そのうち変態みたいなことをするようになってきて、あんまり気持ち悪かったから思いっ切りアイツの股ぐらを蹴っ飛ばしてやったわ...。」

「......」

博史の脳裏には今度は由佳が桃レンジャーよろしく空中からドロップキックしているシーンが浮かんだ。

「アイツ死にそうな叫び声をあげてその場に座り込んだから私はその隙にすぐ逃げ出したんだけど、そしたら次の日から私が一人でいるとこを見つけると、必ず陰に引っ張ってって思い切り叩いたり蹴ったりひどいことをするようになって...。」

由佳は履いている白いハイソックスを片方足首までずらすと白い脛には無数の内出血があった。

「もう、体中こんな感じなの...。」

由佳の瞳には涙が薄っすら滲んでいた。
長い睫毛を何度もパチパチとさせて彼女は泣くのを堪えているようだった。


「ふざけやがって、マジでアイツぶっ殺してやりてーよな!」

信一がまた口を挟んだが、由佳は今度は信一を睨まなかった。

「そのことはもう先生には言ったの...?」

博史が聞いた。

由佳は力なく首を振った。

「先生になんか言ってもダメ...。タンザキは理事長の弟だから先生たちもアイツには何も言えないのよ。前に五年生の子がアイツに叩かれて鼻血出して倒れちゃった時も結局もみ消されて何も問題にならなかったしね...。もう脱走するしかないわ...。」

「ヒーロー、いいだろ?由佳は悪いことなんにもしてないのに大人の都合で嫌な思いしてるんだ。仲間に入れてやろーぜ」

信一が博史の背中をまた軽く叩いた。

「...そんな状況じゃ早くどこかに行かないとタンザキにまたなにされるかわからないもんなぁ...。」

博史は頷いた。

「ありがとう」

由佳がニッコリ笑った。とても優しい顔だった。

大人たちの勝手のせいで暁園に来た子供たちが大勢いるのに、更にその子供にひどいことをする大人がいる。そして先生たちさえそれに目をつむっているということに腹が立った。

由佳にはいつもこういう優しい顔でいてほしいが、今の暁園ではそれは無理だった。

「実はさ...。」

信一が声をひそめた。

「女子棟の裏に用務員室があって、そこにタンザキの金庫があるんだよ...。金庫って言っても手で持てるくらいのやつで中には金が一杯入ってるんだ。由佳が前にそこから金を出してるのを見たんだ...。なぁ由佳?」

信一は由佳を見た。

由佳は頷いて言った。

「脱走するにはお金がいるでしょ?私、用務員室のスペアキーをもってるのよ。」

由佳は悪戯っ子のように笑いながらポシェットから小さな鈴のついた鍵を取り出してチリンと鳴らした。

三人は次の日曜日に脱走を決行することに決めた。