第十三話

二人の願いも虚しく、博史が実はあの事件の殺人犯だったという噂はたった2~3日の間に暁園全体に広がった。

博史に直接その話をする者はさすがにいなかったが、陰でこそこそと噂をされていることに博史が気づくまでにはそう時間はかからなかった。

「やっぱりバレた...。」

博史は泣きそうになりながら信一に告げた。

信一は逆上してすぐに片っ端からその話は誰に聞いたんだと問い詰めまわったが、噂で聞いたという答えしか返って来ない。もうすでにほとんどの子供が知ってしまっているこの状況で噂の発信源を突き止めるのには無理があった。

それでも信一は中学生にまで突っ掛かって詰め寄り、しまいには二つ上の中学二年生と殴り合いのケンカになってしまった。

騒ぎを聞き付けた職員がケンカを止めに入ったが、信一の怒りはまだおさまらず、職員に羽交い締めされたまま大きく振り上げた右足は相手のアゴにクリーンヒットして彼は前歯を折ってしまった。

「オイッ!ヒーローの噂流した奴はこんなもんじゃ済まさねーからなっ!!」

遠巻きに見ていた子供たちを睨みつけて信一は大声で怒鳴った。


 騒ぎの翌日小学生担当の養護士である新井百合子は、皆が学校に行っている時間に博史を会議室に呼んだ。

「博史君...あなたの事件のことがみんなの噂になってるようね...。」

「うん...。」

午後の会議室には西窓から太陽の光がいっぱいに入ってきていて、二月だというのに部屋はストーブなしでも暖かい。

「信ちゃんはあなたのことでケンカになっちゃったのよ...。」

彼女は細い銀縁の眼鏡を外しながら、ふぅ...とため息をついた。

「ねぇ...信ちゃん今どこにいるの?昨日から部屋に帰って来ないけど...。」

博史は心配そうな顔で聞いた。

今日は平日で信一は学校に行かなければならないはずだ。どこかから学校に行ったのか...今夜は帰ってくるのだろうか...。
自分のせいで親友が大変な目にあっているというのは辛かった。

「信ちゃんは女子棟から学校に行ってるのよ。ケンカ相手の敏行君が前歯を折っちゃってね...。そのまま一緒にしとくとまたケンカするかもしれないからしばらくは離しておくしかないわね。」
「...あなたが来てからあの子一度もケンカしてなかったのに...。」

「ごめんなさい...。」

博史は悲しくなって目を伏せた。

「ううん......あなたが悪いわけじゃないわ。ただ、あんな大きな事件をあなたが起こしたっていう事にみんなびっくりしちゃってるのよ...。」
「だからもし周りから色々言われても許してあげてね。みんな事情があって両親から離れた子たちなの。みんなを仲間だと思ってあげてね。」

仲間...仲良くなった子も何人かいるし一緒にテレビを見たりゲームをしたりもするし、遊んでるときはたのしい。
でも...でも仲間ってのは...そういう友達のことなのかなぁ...。

「うん...わかった...。」

百合子には素直に頷いたものの博史は何かがしっくり来なかった。

「いい子ね...。」

微笑みながら博史の髪をくしゅくしゅっとして百合子は職員室に戻った。