第五話

 あたり一面は血の海であり父、母、短髪の男、それぞれが血だまりの中に倒れ伏していた。
三人ともピクリとも動かない。
包丁を握り締めながら博史も血まみれで温かい血の海の中に浸かっていた。

母の白いドレスは肩口からちょうどグラデーションがかかったように真っ赤に染まっていた。
父と短髪の男は抱き合うように折り重なっていた。

博史はずっと目を開けていたが、もうそこから先の記憶はない。


 通報を受け警察が現場に着いたのは、もう空がほんのりと明るくなりかけた頃だった。
近所の者も何事かと近づいてきたが、血の海を見た瞬間に皆

「うわあぁ......!!」

と叫んで家に逃げ帰った。

 あまりに凄惨な現場に刑事はハンカチを口にあて顔をしかめた。
四人全員が血まみれで死んでいるように見えたが、よく見ると包丁を握りしめたままの博史の手だけが震えていた。

大きなバスタオルを身体に被され警官二人の手で博史は血の海から引き上げられた。

 警官は手に握りしめられた血まみれの包丁を証拠品として押収しようとしたが、博史の手は子供とは思えないものすごい力で握り締められていて、二人がかりでやっと包丁を博史の右手から引き抜いた。
博史は目を開けてはいたが、ガクガクと全身を震わせながらずっとぶつぶつと何かを呟きつづけていて、刑事は小さな彼がこの事件によって、一生消えない深い深い傷を負ってしまったことを悟り胸を痛めた。

 十一歳の少年がこのような酷い殺人事件現場を目の当たりにし、しかも実の父親と母親の浮気相手を包丁で自ら刺し殺したという話は世間に大きな波紋を呼び、テレビやラジオのニュースは連日この事件を報道し、新聞や週刊誌もトップ記事としてこと細かに書き立てた。


 事件から十日後、博史はまだ病院のベッドにいた。顔を四ヶ所、腕と手を三ヶ所、合計四十針の包丁による傷口はまだまだ糸が抜けず、全身に打撲傷があり、顔を含めた身体中が包帯だらけで包帯の隙間からは目だけが出ていた。

事件の報道がかなり頻繁なため、病室にテレビを置いておくのは酷だという主治医の意見で部屋からはテレビも取り去られた。