第四話

 二人は長い時間抱き合っていた。

 父はひどいヤキモチ妬きで、今までも「男に色目を使いやがって」と母を殴ることが度々あった。
この光景を目の当たりにした父はいったい何をするかわからなかった。

 父は玄関の傘立てから博史の金属バットを持ち出し、無言で掃き出し窓を開け裸足のまま二人の方へ走っていった。
こちら側を向いていた母はすぐバットを持った父に気づき、

「ひぁああぁっ!」

と叫んで抱き付いている男から離れようとしたが、男のほうは後ろを向いているため、気づかずにそのまま母を抱きしめている。

「うぬらぁああっ!!」

大声で叫びながら父はバットを振り上げ、後ろから思いきり男の頭のあたりに一撃を加えた。
「ごす」という鈍い音が聞こえたが、男は倒れずに目を見開いたまま振り返り、すぐ父の腕を取り二人はもみ合った。
なぜか母がドサリと座りこんだ。母の頭からは大量の血と白い脂肪の塊りのようなものが噴き出していた。

「うわぁぁぁあ」

博史は街灯に照らされた母の無惨な姿を見た瞬間に身体中の血が逆流するのを感じ、縺れる足ですぐに台所にあった包丁を掴み外に走った。そして泣き叫びながらもみ合う二人の背中や腹や腰を後ろから何度も刺した。

 包丁はもうどちらに刺さっているのかすらわからなかった。血で手がぬるぬると滑って、包丁は引っこ抜くたびに博史の腕や頬にも切り傷を作ったが、痛みなど何も感じなかった。噴き出す血が博史の顔にかかって熱かった。

 人間の血がこんなに熱いものだとは知らなかった。

「あああぁぁぁ」

博史は叫びながら何度も何度も包丁を刺した。