第二話

 一人っ子の中山博史は、家に帰るのが嫌いだった。

 

 大好きな母は夜働きに出ていていないし、父は毎晩酒に酔っ払って寝ていて博史が帰っても一言の会話もしない。言葉を発するとすれば、機嫌が悪い時一方的に大声で「バカヤロウ」とか「コンチクショー」と怒鳴るくらいであり、親子としての会話をしたなどということは博史の記憶にほとんどない。

 小便に起きた時に「チッ」と舌打ちしながら蹴飛ばされるくらいのことはよくあるが、たいていは軽く小突かれるくらいであり、そんなことにはもう慣れていた。

 

 母が夜働きに出るようになる以前は何かにつけ母に怒鳴り散らし、すぐに母を殴ったり蹴ったりして見ていられなかったから、その頃に比べれば今はまだマシなほうだ。

 大きな物音さえたてなければほとんど酔い潰れて眠っていて、夜中に母が帰ってきても気づかず朝になる。だから博史は父親を起こさないようにほとんど物音をたてず一人で静かに夕飯を食べ、テレビを見る時には必ずイアホンを片耳にかけて小さな音で聴くのだ。

 

 イアホン越しの小さな音であっても、テレビの中の世界は博史の空想を更に掻き立てた。ちょうどひと昔前のテレビアニメがその時間帯に再放送されていて、子供たちのほとんどが毎日それを楽しみにしていた。

 

 テレビアニメに出てくるヒーローたちは皆最高にカッコよかった。タイガーマスクやあしたのジョーにしても、巨人の星や男一匹がき大将にしても、たいていの少年アニメの主人公は貧しい家の生まれであり、それは貧乏な家に生まれた自分が、まるでヒーローになるための素質を備えているようで博史は嬉しかった。

 

 第二次ベビーブームに生まれた博史の通う小学校は全校生徒1500人のマンモス校で、バブル前の好景気で一億総中流化という合言葉に乗って企業は業績をどんどん上げていき、サラリーマンの収入がうなぎ登りに増えた時代。博史の家のような貧乏な家庭はだいぶ少なくなってはきていたが、だからこそ余計に貧しい家の子供たちは肩身の狭い思いをしていた。